軍艦島原作カラス韓水山著中学生の感想文

軍艦島韓国ではカラス韓水山原作が映画となって注目されている。

この原作を読んで読書感想コンクールに投稿して中学生部門で最優秀賞を得た、キムキュオン君の感想文を拙訳して見ました。日本人として考えさせられる内容です。韓国での封切りを前に訳してみました。

原文

韓水山先生のカラス日本では軍艦島)を読んで

アヒムナ平和学校中学生クラス金キュオン

韓水山作家の5冊になった小説カラスを読んで私は強制徴用が何であるかについて考えてみた。強制徴用が何かと今の大多数青少年に尋ねるなら、この歴史を知っている人がどれ程になるのかいや、その強制徴用という話にどれくらい辛い僕たちの民族の歴史が隠されているのか、その仕事のためにどれくらい多くの人が犠牲になったのか知っている人はあまりないだろう。我が国の辛い歴史に対して知らないのはおそらく私の同じ年頃の青少年が学校で近現代史を習わなかったためであろう。歴史を知ることは現在の自分がいるに至る過程を知るために大変重要なことであるが、この国は正しい歴史を教えなかったし、習うことができなかったのが今の僕たちの青少年の現実だ。

歴史小説カラスこの本は本読みが好きな僕にも5冊という本の重さが大きい負担になったのだが、実際に読んで見たら数日目で読み通すことができた。

この本の主な背景は地獄島端島だ。そこでとても苦しい仕事をした私たちの民族を見れば心が辛かったり日本に対する憎悪心まで生まれる。

カラスを読んでみるとユンチサンという人が出てくる。チサンは兄ハサンに代わって強制的に徴用に引っぱられて端島に行くことになった。そこには数千いや数万人の朝鮮人徴用工が居たが彼らを見て心が非常に辛かった。彼らもすべて人なのに、日本人朝鮮人関係なくすべて人であり、全く同じ権利を受けなければならないのが当然だが、彼らが人としての扱いも受けられず無理やり働かなければならないというのを見てまだ私たちの民族に正式に謝罪をしない日本がとてもくやしかった。

私はカラスを見てソヒョンとチサンの離別の場面を見てとても切なかった。

そのように愛する仲なのに、このように急ぎ別れなければならないという辛さが私にとても切なく迫った。残念だけれど日帝がいくら朝鮮を抑圧しても朝鮮人の血筋は切ることができないということを感じた。

チサンが端島に行く前、元からそこに居たミョングクと彼の友達らがいたが、その友達らが脱出をして行き、何名かが冷たい死体になってもどって来た事件があった。

日本の労務係らはそれを見て彼の友達を呼び調査をするが、ある朝鮮人がいた。チャンテボクという炭鉱で働く男だ。串で首を刺してケガさせる事件が発生する。私はこの事件を見て日本人たちがどれくらい朝鮮人をタクタラ?で苦しめればこんな事件が起きるのか朝鮮人は普通、他の人に被害を与えないようにするのではないかと考えた。誤った考えではあるが、日本人たちは本当に悪い。という認識を持つようになった。

チサンが端島に行ってミョングクとウソクと同じ同僚達に会う。その同僚らは異郷で会ったお互いを信じて頼れるとても大切な同僚である。炭鉱に入って一緒に炭を掘って毎日毎日繰り返される日常ではあるがその中で彼らがお互いを慰める姿を見ながら私は果たしてあんな友達がいるだろうかという疑問を越えて私たちの民族は本当にすごいと感じた。

そのような中でウソクとクムハは禁じられた恋をする。ウソクは徴用工でクムハは遊郭で仕事をした人すなわち満州や東南アジアにいた慰安婦と似たようなものだ。たとえ禁じられた愛ではあるが私はその愛が、間違ったことだと思うこともなかったし、どんな愛より純粋で美しいと思った。その理由はその愛が真実な愛であるためだ。私はこの部分を見てこんなことを思い出した。日本のいかなる力でも朝鮮を完全に征服できない、いやその小さい端島一つの朝鮮人たちも完全に支配することはできない。そのために禁じられた恋をし、そのために私たちは解放されたのだ。と考えた。

そうして端島での一日はとても速く過ぎ去っていった。働きながら死ぬ事故も頻繁に起き、脱出して溺死する事故が発生しても日本人監督官らはハナから補償してやろうとはせずに、してやらなかったのを見て、日本人たちが私たちを犬さえもできない働く機械として考えたり、私たちを何と考えていたのかについて疑問を抱いた。

ある日韓国にいたチサンの妻ソヒョンがミョンチョを産む。その便りを労務系に伝え聞いたチサンはとても喜ぶ。そしてチサンだけでなく彼の同僚たちみんなが与えることさえ出来ない自分の賃金を集めてスルメを買ってみんなで祝ってくれる。多少言葉は荒いがまったく頼るもののない状況で事が起きれば、当然にそのようなささいなこともとてもうれしく受け入れられるものだ。私はこれを見て互いに考える心とそのような友達がいるということがとても感銘深かった。

そんなある日チサンとその一行は脱出をする。泳いで端島から長崎まで死ぬかも知れない葛藤の状況でここで死ぬのか、あそこで死ぬのかという気持ちで脱出を敢行する。もし私ならばそのようにすることができたのだろうか私ならばどのようにしたのだろうか考えてみると正解が出てきた。もし私ならば脱出することができなかったろうという正解が出てきた。これが正解かどうか分からなくて私がおくびょう者かも知れない。だが、今私はそのことを体験してみることができなかったために仕方ないことなのかも分からない。

だが、チサンと一緒に脱出をしたウソクは惜しくも岩に当たり足を使えなくなって一緒に脱出できなくなる。私は脱出をできないウソクが痛ましくて哀れだけれども一方ではかえってうまくいったという思いもした。なぜならその島には彼が愛するクムハが居たし、ウソクが離れればクムハがどうなるかは推察が可能だったからだ。

ウソクが脱出に失敗して、私の考えどおりウソクが脱出に失敗したことを知らないクムハは同僚のミョングクに遺書を残して自殺する場面を見てからいっそ最初から脱出をせずに、クムハもウソクも互いに愛する仲なのだから、いや、愛する者同士なのでウソクをこの地獄のような島にまた来ないように自殺したのだろうかという二つの観点で分けてずっと考えるようになった。私はずっと考えて見たらウソクを愛するクムハの心が自殺をしたのだという二番目考えが合うようだという気がしたし、クムハは誰より志があり、たとえ遊郭にあっても、もし朝鮮の良い家で生まれたとすれば、とてもすごい人であったろうという気がした。

軍艦島端島高層建物が並んでいて朝鮮人が強制徴用にきて働くようになった炭鉱だ。この建物の高層には日本人たちが、日光が入らない低いところには朝鮮人が生きるそのような差別が激しいところであった。私がもしその島にいたならばどのようにしただろうか反抗をしたのだろうかでなければストライキを起こしたのだろうか私は二つともできなかったようだ。そのために彼らがすごく見えたのだ。

軍艦島端島からチサンが脱出した後に朝鮮人徴用工達が団体でストライキを行った。私はこのストライキを単純なストライキと見ない。このストライキ朝鮮人が日本に繰り広げる独立の闘争と同じだ。そのような意味で僕は朝鮮人徴用工はすでに命を差し出したも同然と考える。僕は彼らが非常に勇敢に思えて僕ならそのようにできそうにないと考えた。

チサンは泳いで気を失って海辺に倒れていた。その時ある一つの日本人夫婦が彼を助けたし働き口まで知らせてくれた。僕はこの部分がカラスで最も感銘深く読んだ部分であった。この話は僕に日本人たちは無条件に悪い。という偏見を捨てるようにしてくれた特別な部分だ。常に歴史の本や本を見れば日本人たち全部私たちを抑圧して働かせる、そんな悪い存在しか出てこなかった。だが、私はこのような親切な日本人たちもいたんだねという気がした。

その時端島ではウソクとその一行が再び脱出を敢行する。私はそれを見て死ぬ場合も多いがいっそ解放される時まで待つのがより良いのではないだろうかという考えになったが彼らは日本と朝鮮の内部事情を分からない彼等を見ればこの脱出を理解できるだろう。この部分を読めば誰でも緊張するはずだ。果たして脱出に成功するか今回は何の問題ないだろう?という考えた。そのような私の心配が顔負けにウソク一行は無事に脱出するのを見てアー良かったという気がした。僕は日本はどこまでも日本だ。という考えになるようにした主な原因はやはり日本どこにもある炭鉱と工業所だ。

三菱工業所日本の戦争に使われる武器と戦争用品をつくる所ここから炭鉱でない工業所での物語が始まる。炭鉱と工業所は違おうかいや、私は違わないと見る。そこでも朝鮮人は差別されて無視されるはずだ。ひょっとして端島の日本人と労務系だけそうするのではないかという考えは外れたなと思った。

一日一日が過ぎ去って毎日空襲警報が鳴る長崎の空そこで数百いや数千人の朝鮮人が働いていた。朝鮮人は人ともしなかった時代というものを見せるのはやはり差別だ。ある日チサンが出て行ってきた中に空襲警報が鳴って日本人防空壕に避けることになるのにそこで単に朝鮮人という理由で叱られた物語だった。

いったい日本人と朝鮮人の差異は何か国であろうかでなければ人種であろうか違う。単に植民地民というのはその理由一つのためにこのように蔑視されて差別を受ける社会になったとのことを私は容認できない。

何年か前に日本、九州地域にある墓地に行ったことがある。そこはある日本人の家族の墓紙なのに墓地に入る入口に小さい石ころまたは、碑に名前が彫られている墓があった。その碑石の主人はすぐに日本人の愛玩犬そのすぐそばには墓の形もなくて、碑もなくただ小さい石ころがいくつか置かれている地域があったがそこに朝鮮人が埋まっているといった。死んだ朝鮮人を埋める所がなかった朝鮮人が夜中にこっそりと尋ねて行ったので死んだ後に名前さえも刻むことができず、それでそこに誰が埋められているのかも分からないと伝えられている墓だ。それなら朝鮮人は愛玩犬よりも劣るものであるということではないか僕は考えれば考えるほど気持ちがあまりにも良くなかった。

1945年8月長崎に核爆弾が投下される。この爆弾一発で日本は崩壊することになる。僕は日本が犯した誤りに比較すればこれは何でもないと考えたが、そこにあった朝鮮人と捕えられていた中国人捕虜を考えると胸が少し痛かった。

日本は崩壊して朝鮮は解放される。しかし僕は終わらなかったと見る。朝鮮にいらっしゃった慰安婦おばあさん達、そして日帝時代に強制徴用になって引きずられて行って帰ってこられない朝鮮人の方、関東大地震の時、虐殺された6661人の朝鮮人に日本が正式に謝って補償をして上げてこそ、この問題が終わるのだと見る。